三本角の怪物

著:雪村月路

 地中深くの迷宮には、角の三本ある巨大な怪物が棲むと伝えられた。100年ほどの昔、この迷宮を造って怪物を封じ込めることに成功したのは、当地の領主の先祖だったという。以来、代々の領主の怒りに触れたものは、老いも若きも、この迷宮に送り込まれた。また、貧しさゆえに盗みを働いた孤児や、想う相手と駆け落ちしようとして捕らえられた娘など、哀れな罪人もすべて、怪物への生贄とされた。もし、怪物に捕まることなく出口にたどり着き、外へと逃れ出る者がいるならば、その者は罪を赦されて放免されることとなっているのだが、常に見張りの立つ出口から、生贄が一人でも出て来たことはなく。つまり、まだ怪物は迷宮の奥に生きていて、ささげられる贄たちを貪り食っているのだ――

 ――と、そのような説明を受けて、黒髪の若者が迷宮に閉じ込められたのは、たまたま宿泊先で土地の有力者に目を付けられ、無理難題を持ちかけられて、にべなく断ったからだった。もっとも、呼び集められた衛兵たちは、若者が何かを一言二言つぶやいただけで体が言うことをきかなくなり、縛りあげることはおろか、触れることすらできなかったのだが、若者のほうは、迷宮のことを聞かされると、軽く首をかしげ、「いいだろう」と独り言のように言って、むしろ自ら進んで迷宮へと案内され、閉じ込められるままになったのだった。
 このとき、幾人かの力弱き罪人も、共に迷宮に放り込まれた。それは、領主の不興を買った娘たちや子供たちで、これらの生贄たちは、陽の射さない地下の迷宮の中、頼りないカンテラの灯を掲げて震えた。黒髪の若者――ゼラルドは、彼らを顧みることなく無言で歩き出し、結果、おのずと先導の役割を担うことになった。通路はじめじめしており、よほど地中深くに掘られていると見えて、上方を照らしても闇があるばかり、天井を見定めることはできなかった。
 ゼラルドのあとを歩きながら、生贄たちは、互いに声をかけて励ましあった。半日ばかり、くねくねした道をたどり、時間の感覚をなくしてしまったころ、紛れもない獣のにおいが鼻をつくようになった。やがて、彼らの目の前に立ちはだかったのは、毛の長い大きな獣。
 ゼラルドがカンテラの灯を掲げて、怪物の巨体を映し出すと、後方の女子供は悲鳴をあげた。灯の中には、人間の倍ほども背丈があり、大きな目を爛々と光らせ、頭部に三本の太い角を生やした、四足の怪物がいた。弱きものたちが恐怖に駆られて散り散りに逃げようとする気配を察して、ゼラルドが、
「みな、離れるな!」
と、声を張った直後、別の、くぐもった声が、
「恐れる必要はない・・・」
と言った。しばし、沈黙が落ちた。その声が怪物から発せられたのだと理解した生贄たちが再び騒ぎ出すより前に、ゼラルドは会話を試みていた。
「人語を話せるのか」
「話せるとも。我はその昔、人と親しく暮らしていたのだからな」
 怪物は、ゆっくりと話した。怪物が口を開けるたび、鋭い牙が見え隠れした。
「我は、裏切られたのだ。我は、快適な住まいを与えられるはずであった。だが、実際に与えられたのは、この暗く湿った迷宮であった。どういう魔術なのか、あるいは我が愚かなだけか、ともかく、我はここから出ることが叶わぬ」
「なるほど。では、この迷宮を人が通り抜けることについては、どう思っているのか」
「無事に通り抜けてほしいと願っているとも。その手助けもしよう」
 その言葉を聞いて、迷える人々は、おお、とどよめいた。ゼラルドは冷静に会話を続けた。
「手助けとは」
「天井に穴の開いた場所がある。そこまで案内しよう。地揺れがあったときにできた穴だ。我には届かない高さの、我には小さすぎて通れない穴だが、人の子ならば、我の背に登って脱出できる。今までにも多くの客人を、その穴から見送ったものだ」
 ゼラルドは少し考えて、納得した。今までこの迷宮に入れられた者が逃れ出た試しはないと聞いていたが、怪物が別の秘密の抜け穴から虜囚を逃がし、その穴が別の街につながっているとしたら。虜囚は元の街には戻るまい。話のつじつまは合う。
 怪物は向きを変え、のそり、のそりと歩き始めた。人々はおそるおそる、後に続いた。
 彼らは、またしばらく歩き続けた。小さな子らが、もう歩けないとベソをかくと、怪物は子供たちを背に乗せてくれた。果たして、ようやく怪物が立ち止まったとき、その真上には人ひとりが通れるほどの穴があって、外から光が差し込んでいた。
 怪物は、進んで人間たちの踏み台になった。とらわれた人々は、喜んで怪物の背に登り、次々に穴から外に出て行った。ゼラルドは、怪物の傍らで静かに人々を見守っており、ついに彼ひとりが残されると、怪物が不思議そうに聞いた。
「なぜ、おぬしは登らないのだ」
「最後のひとりを逃がす気はなかろう。気づかぬふりで殺されてやるわけにもいかない」
「……」
「その牙は、肉を食らう牙だ。また、食らわねば、生きてはおられまい」
「……そのとおりだ。ここには他に食べるものがない」
 怪物は認めた。ゼラルドは、じっと怪物の目を見つめて、言った。
「試してみる気があるなら、私が、そなたを迷宮から出そう。そなたは、現在の領主が他の食べものを差し出すかどうか、見定めたらよいだろう」
怪物は目玉をギョロギョロと動かして、答えた。
「聞かぬぞ。人間が再び我をだまそうとしても、そうはゆかぬ。逃がすものか」
「そうか」
 怪物は牙の生えた口を大きく開けて迫った。ゼラルドはトンと地を蹴って、術の力でふわりと浮かびあがると、金色の長剣を抜き放ち、怪物の首を一息に切り落とした。
三本の角を持つ獣の頭が、ごろりと地面に転がった。何かを言おうとするように顎がもぐもぐと動いたが、すぐに動かなくなった。

 その日、迷宮の出口で番兵たちの守る扉から、初めて人が現れた。迷宮を通り抜けた若者は、三本の角がある獣の首を引っさげており、あわてて駆け付けた領主が、
「そんなばかな。あの迷宮の出口は……」
と、動転して口走りかけるのへ、物憂げに、
「今日より、あの迷宮には出口がある。迷宮のぬしは、このとおり、もういない」
 そう言って、怪物の首を置いて立ち去った。若者を引き留める者はなかった。
 ――怪物の首は、目を閉じて、笑っているように見えたという。

(完)

※「遥かな国の冒険譚」シリーズより、ゼラルド王子のエピソード。
シリーズの他のお話は、pixivでお読みいただけます。https://www.pixiv.net/series.php?id=826305

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