曾祖母×伝承×探求心

著:空吹四季

 イコールで結ぶのが適切かどうかは分からないが、私は年寄りっ子ゆえに民間伝承を好む。たとえば、墓地で転んでしまったらその場の土を舐める等、因果関係・理由云々の前に『こうすると良い』のだということが、周囲のお爺さんやお婆さんとってはごく自然で、私もそれに触れてきたからだろう。そんな私が母から聞いた、曾祖母の話をしようと思う。

 曾祖母は、髪をお団子に結い上げおやつにパンケーキを焼くような、昭和中期のお婆さんにしては洒落た人物だったそうだ。曾祖母の特技は、ずばり『魚の目を治すこと』だったらしい。口コミで噂を聞いては、その療法を求めて家を訪れる人が絶えなかったという。
 さて、『魚の目の治し方』になるが、患部を麦の穂で撫で、その穂を土に埋める。埋めた穂が腐るまで、決して魚の目に触ってはならない。これだけである。ホントけ? と疑問に思いはしたが、完治したとお礼の電話や手紙がたびたびあったそうだから、本当に治ったのだろう。事実、叔父もその方法で魚の目が治ったのだと聞いた。

 前述したように、因果関係や理由の前に『こうすると良い』のだという事象だったようだが、何故なぜどうして? と気になって、文明の利器を駆使し調べたことがある。
 驚いたことに、同じような民間療法は日本に点在しているようだ。撫でるものが稲穂であったりと異なる点はあったが、『患部を撫でた穂は湿気た場所に埋める』 『それが腐るまで魚の目に触ってはならない』と共通項も多かった。曾祖母だけの特技ではなかったと残念に思いもしたし、『要するに触らないようにすれば治る』と言ってしまえばロマンも何もあったものではない。しかし私は、『離れた土地にも類似した伝承がある』ということに対して、どうしようもない程のときめきを感じるのだ。

   *

 と、締め括るのが潔さなのだろうが、『曾祖母の話をする』としてしまったので、もう少々お付き合い願いたい。
 曾祖母であるが、某神社の御遣いの狐と仲良しだったのだそうだ。「お狐さん、お狐さん」と呼び掛けては、神社がある方角を拝んでいたという。因みにその神社は稲荷神社ではなく、なのに何故お狐さんであったのかは、今となっては知りようがない。
 また、夏場に雷が鳴ると「らいさまにへそ取られねように」と蚊帳を吊り、母たちに入るよう言って、線香を焚きながら念仏を唱えていたのだとか。この由来は文明の利器に頼っても分からず、理由はそのまま『雷様にへそを取られないように』ということでしかないらしい。やはり昔はよくあったことのようで、日本に伝わる『こうすると良い』系の伝承は面白いなあと思うばかりだ。
 私にとって夏は、曾祖母の話をしたくなる季節だ。今年も、飽きもせず母に『昔ばなし』を強請っては、また夏が来たと感じるのだろう。

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