著:雪村月路

(1)

 野宿は避けたいが、さて、人家は見つかるだろうか。と、心配していた若者は、暗くなった頃、一軒の明かりを見つけた。近づいてみると、平屋だが、大きな家だ。
若者は近くの木に馬をつないで、家の戸を叩いた。しばらくして、戸の向こうで、女性の細い声がした。
「どなた?」
「旅の者です。一晩、屋根を貸していただけませんか」
 戸が開いた。美しい娘が、虚ろな瞳で若者を見て、言った。
「屋根。夜露をしのぐだけなら、入って、好きにしたらいいわ」
 それだけ言って、ふらふらと中へ歩み去る。
 ためらった後、中に入って、若者ははっとした。娘の向かう先に、一体の骨があった。見るからに古い骨。娘は骨の横にうずくまり、されこうべを抱えて丸くなり、動かなくなった。
 若者は迷ったが、結局、部屋の端に毛布をひいて横になり、一晩を過ごした。あまり眠れなかった。

 翌朝早く、若者は起き出して、そっと家を出た。背後から細い声が聞こえた。
「さようなら、旅の人」
「ありがとうございました」
 礼を述べて去った若者は、道すがら考えた。美しい娘の額にあった二本の角と、あの骨について。

(2)

 朝から山に入っていたが、もう昼を過ぎた。諦めて帰らなければ。
 だが、もう少しだけ。歩き出した足の先に、ひっそりと建つ屋敷が見えた。見つけた。
 戸を叩けば、見覚えのある娘が姿を現す。若者は静かに言う。
「下の里の連中が、明日、鬼を倒すために山を探すそうです。あなたのことでしょう」
「……」
 娘は黙って、自分の額に生えている角をさわる。若者は頷く。
「一年前、僕は道に迷って、あなたに助けられた。今度は僕が助けたい。まず、ちゃんと食べて。そして逃げて」
 背負った籠を下ろし、捕らえておいた狐を娘に差し出すと、娘は狐を受け取って口を開いた。
「逃げません。返り討ちにするわ」
「それは困る。僕は里にも恨みはないんです」

 翌日、里の者たちが山奥で、鍬や鉈を振り上げながら屋敷の戸を叩くと、中から現れたのは人間の若者だった。
「騒がしいなあ。鬼? いいえ、僕の家だ」
 里の者たちは首をひねりながら、安堵して山を下りて行った。
「もう来ないといいね。帰ります。元気で」
 若者が去った後、娘は座敷で、愛しい古いされこうべを抱きしめて眠る。

(完)

Scroll to top